山あいの村にある古い郵便局は、十年以上前に閉鎖されている。それでも夜になると、誰もいないはずの廊下をコトン、コトンと歩く足音が響くという。村人は「あれは局長の聞き間違い」と笑うが、誰も近づかない。
大学の民俗学サークルに所属する瑞希は、その噂を調べるため村を訪れた。地元の老人は口を濁しながら、「夜の八時を過ぎたら、旧局舎の窓は絶対覗くな」とだけ忠告した。
忠告を胸に刻んだはずの瑞希だったが、好奇心に勝てず、夜八時を五分だけ過ぎて郵便局の前に立った。月明かりに照らされたガラス窓の奥は真っ暗だが、何かが内部をゆっくり横切った影だけが確かに見えた。
驚いて逃げ帰った瑞希は、翌朝、宿の玄関先に古びた茶封筒が置かれているのに気づく。宛名は「瑞希様」。中には白紙の便箋と、何十年も前の消印が押された切手だけが入っていた。
帰京して数日後、瑞希の部屋で聞こえ始めたのは、誰もいない玄関から響くコトン、コトンという足音だった。最初は遠く、やがて部屋の前まで近づいてくる。封筒は机に置いたまま、微かに湿っていた。
